お墓参り
今、私はプラハ中央駅からドレスデンに向かう特急列車の食堂車の中でこのエッセイを書きはじめました。
ヨーロッパの特急列車には素敵な食堂車がついていることが多く、列車に乗ってすぐに食堂車に行くことに決めていました。
席につくとまずビールを注文。そしてそのビール飲みながら、何を注文しようか考えるのがとても楽しいのです。
車窓からはチェコの美しい風景が目の前に広がり、それを眺めながらビールを飲む。
こんな贅沢な時間はそうそうありません。今回のプラハの目的は国境なき合唱団とのプラハでのチャリティ公演。
演目はベートーヴェンの「第九」、そして4日後にドイツ・ライプツィヒでの別のチャリティコンサートのために今、列車を使って移動中です。さて注文ですがグーラッシュ・スープに決定。スパイスのきいた肉や野菜を煮込んだウィーン・ハンガリーの代表的なスープ。これに少しのパンをいただけば、充分おなかはいっぱいになります。
スープが運ばれてくるまでドヴォルザークのことを考えていました。実は列車に乗る前にプラハのヴィシュフラト(あのスメタナの「我が祖国」、第一曲目の曲名になっているお城)にあるドヴォルザークの墓を訪れました。
プラハは数回目だったのですが、ドヴォルザークの墓に行ったのは今回が初めて。
ガイドブックなしで行ったので迷いに迷って、ようやくたどり着いた感じでした。
たくさんにお墓に囲まれてドヴォルザークの墓はありました。
観光客はいましたが、ドヴォルザークには感心がないのか、ほとんどの人が前を素通り。
私だけがお墓の前でじっと立って見つめている、そんな様子でした。
帰国後すぐに長岡交響楽団とのコンサートで演奏する、ドヴォルザークの交響曲第7番のスコアをお墓の前に置いてしばらくいました。
写真を撮ったりスコアをのぞいたり、ドヴォルザークと会話でもしている様な愉しい時間でした。
今回のプラハ公演ではリハーサルとリハーサルの間の空き時間に、モルダウ川のほとりのカフェにすわり、スコアを開いて音のイメージを広げていたのですが、やっぱりお墓の目の前で見る音譜はちょっと違う気がしました。
もちろん楽譜自体まったく変わらないのですが、音に対するイメージはやはり少し変わりました。
私はそんなことをするのがとても大好きなので、今回のプラハ旅行は「第九」以外の目的も果たせてとても満足しています。実はスメタナの墓もそのヴィシュフラトにありました。
昨日の演奏会のアンコールに、合唱団がモルダウを日本語の歌詞をつけてメロディをオーケストラと一緒に歌い、会場から大きな拍手を受けたところでした。プラハに旅立つ2日前の立命館大学オーケストラの演奏会では「我が祖国」からモルダウとブラニークを演奏しきたばかり。スメタナの墓の前ではそんな演奏会の報告とあの名曲への感謝の気持を込めて一礼。ヴィシュフラトをあとにしました。
ホテルに着いてあと30分で出発の時間が迫っていることに気がつきました。
大慌てで荷造りをしてホテルからタクシーに乗り込み、この列車に飛び乗ったところでした。今はモルダウ川に沿って列車は走っています。
なんと素晴らしい景色でしょうか。今までも何度か見てきたはずの景色なのですが、今回は格別です。
チェコが生んだドヴォルザークという人が、また私にとって特別な作曲家の一人に加わりました。
今眺めている美しい大自然からドヴォルザークの音が今にも聞こえてきそうです。またチェコを訪れる機会がきっとあると思いますが、その時はモルダウ川のほとりに宿をとり、じっくりドヴォルザークと向き合いたいと、そう思うチェコの旅でした。