ベルリンの風 "Das macht die Berliner Luft" (その3)最終回
本番当日の朝。ベルリンの壁、ブランデンブルク門、そして通称カラヤンサーカスと呼ばれているフィルハーモニーに出かけることにした。歩いて行くにはちょっと広すぎる。とりあえずタクシーに乗ってまず運転手と交渉した。「ブランデンブルク門に行ってから壁に行きたい。その後フィルハーモニーを見てからホテルに戻ってきたい」。最初は「OK、OK」なんて言っていたが、ブランデンブルク門や壁であまりにも待ち時間が長かったのだろう、しびれを切らしてこれで終わりにしてくれと言ってきた。フィルハーモニーまで連れて行ってはくれたが、ホテルまでは違うタクシーを拾ってくれと頼まれた。まあここまで案内してくれたら充分だったので、お礼を言って車を降りた。
今回のベルリンの目的は個人的には2つあった。もちろん演奏会。そしてもう1つはベルリンの壁だった。小学生の頃、私はサッカー少年だった。雑誌やテレビを見てワールドカップやブンデスリーガーに夢中になっていた。あの頃は西ドイツが強かった。ワールドカップで優勝したり、ベッケンバウワーという選手や有名選手が多くいた。そんな選手を夢見て毎日ボールをけっていた。だからドイツといえば西ドイツだった。今考えると違和感のある言葉である。でも当時は当然だった。当然のように壁が国や街を分けていた。新聞にも壁ができた頃の話がここ数日特集を組んで書かれていた。ちょうどこの時期にあの壁を直接見ることができて本当に良かったと思う。壁の近くには多くの写真が展示され、観光客や学生達が社会見学に来ていた。ちょうど日本の広島の原爆ドームにあたる様な場所になっていた。二度と過ちを繰り返さないようにと祈る場所だ。
少し重い気分でホテルに帰ったが、今思うと演奏会前に壁を見ておいてやはり良かった。平和を願うベートーヴェンの気持とこのベルリンの壁の崩壊とはどこかつながっている感じがする。今回の演奏会の会場は旧シャウシュピールハウスで、バーンスタインが壁の崩壊を記念して第九を演奏した記念すべきホールだ。この記念の年に同じ会場で同じ「第九」を演奏できることの意味は私にとってとても大きかったし、壁を見たことによってより現実的に考えるようになった。
そんなことも影響したのか分からないが、いい演奏会になった。やはり平和を実感できる我々は今幸せなのだろう。もちろんまだ世界は多くの問題を抱えている。少しでもこのベルリンやドイツのように解決の道を歩んでほしい。
演奏会のあと、打ち上げの会場で最後に合唱団がコンサートで披露した「ベルリンの風」を皆で歌っていたら、ウエイトレス数人が不思議そうな顔をして立っていた。「ベルリンの風」はたぶん聞いたことはあっても歌ったことがなさそうな感じだった。一人が「ああ、この曲聞いたことある。知ってる、知ってる」というジェスチャーをした。そして 「die Berliner Luft、Luft、Luft」のところだけくちずさんだ。もう一人が「そうそうそう、そんな曲だったよね」という風にうなずき、口ずさみはじめウエイトレスのお嬢さんがた数名はうれしそうに歌いながら、少しからだを動かしその雰囲気を楽しんでいた。ほほえましい気分になったし音楽って素敵だなとその時思った。歌っている会場の人たちを見て、今回の演奏会の成功と音楽の素晴らしさを改めて実感した夜だった。
ところで本番の2楽章ですか?もちろんうまくいきましたよ。