ベルリンの風 "Das macht die Berliner Luft" (その2)
ベルリン滞在3日目。せっかくベルリンに来たのだからどうしても壁は見たいと思っていた。するとなんとホテルの玄関に壁の一部が観光用においてあるではないか。
さわってみたいと思っていたので、まずは目的達成。でもただ置いてあるだけでさすがにまったく何も伝わってはこない。これはやはり当時の面影が残っているところに何とか時間をやりくりして行くべきと思った。それに少なくとも「ブランデンブルク門」やカラヤンサーカスと呼ばれるベルリンフィルの本拠地「フィルハーモニー」にも行っておきたい。今日は時間的にゆとりがないので明日の本番の前に出かける事にして、とりあえず今はホール練習に集中する事にした。
昼ごろ本番会場であるコンチェルトハウスに出かけた。ホールに着いてしばらく控え室で休んでいるとスピーカーからベートーヴェンの交響曲第4番が流れてきた。どうも明日我々のコンサートの前にもう一つのコンサートが予定されているらしく、そのリハーサルの音のようだ。
見たくなって舞台袖まで行ったが、ホールには立ち入り禁止の赤ランプがついていて、舞台袖で関係者らしき人が立っていた。「見せてほしい」とずうずうしく言いたかったが、さすがに言い出せなかった。何も言えないまま控え室に戻り、またスピーカーから聞こえてくる音に耳を傾けた。ベートーヴェンの4番といえば先月大賀ホールで行なったマウントあさまの演奏会も4番だった。そのときのことをふと思い出しながら聴いていた。スピーカーから流れてくる音でさえも、ホールの音響がわかるくらいよくオーケストラが響いている。音響はかなりよさそうだ。これから舞台で音を出すのが本当に楽しみになってきた。終了予定の時間が近づくと音はピタッと止まった。
少ししてからホールに様子を見に行ってみると、先ほどのオーケストラのメンバーや楽器がまったくホールや舞台裏に残っていない。なんだかキツネにつままれた気がした。舞台上では今までオーケストラが演奏していたのがウソのように慌しく我々のリハーサルの準備が行なわれていた。
オーケストラのメンバーも集まってきていよいよリハーサル開始。先日の練習をふまえ、音響やバランスを確かめながら進めていった。昨日のリハーサルで疑問に思っていたことが、ホールで音を出して初めて分かったことがあった。このオーケストラ(ベルリンシンフォ二エッタ)はこのホール(旧シャウシュピールハウス、現在はコンツェルトハウスと名称変更)が本拠地だ。昨日練習で日本では感じた事のない音の長さや処理に少し驚いた。
普段なら直すところだが今回は何か意味がありそうだったので、そこにはふれないでリハーサルを進めた。そして今オーケストラから出ている音をホールで聴いて納得できた。昨日オーケストラから出た音は、長年このホールで演奏し続けた結果、よく吟味された音づくりだったのだ。改めて歴史の重要性を感じ、オーケストラとホールの関係も体感できた。実に刺激的な瞬間だった。オーケストラのみの練習の後、ソリストや合唱団も入って第4楽章を練習し、その日の練習は終わった。
楽屋に戻ろうとステージを降りようとしたその時、また昨日のバイオリン奏者が近づいてきて今度は「今日の2楽章の前半は好きではなかったが、後半は昨日と同じく大変良かった。是非明日は後半ように振ってほしい」と言って帰っていった。確かに2楽章の前半は後半と違ってしまった。でもうれしかった。毎回こちらの音楽に一喜一憂して演奏してくれている奏者が一人でもいるとわかって本当にベルリンに来て良かったと思った。ホテルに帰って食事後、その夜はスコアをもう一度広げて、あのバイオリン奏者の言葉を思い出しながら、明日の本番に備えることにした。